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戸隠神社と善光寺御開帳へ

長野おでかけ
05 /26 2015
5/26 戸隠神社と善光寺の御開帳へ

7年ごとの善光寺御開帳、気がつけばもうすぐ期間が終わってしまう。
始まったばかりで混んでる、花見兼ねて混んでる、連休兼ねて混んでる…と言ってるうちにもう月末だ。
行ける日をチェックしてたらもう僅かで、天気予報でこの日に決定。

ってことで、長野へGo!
今日の妙高・火打
今日の妙高・火打
今日の妙高
今日の妙高
ナウマンゾウ
長野に行くのは初詣が多いのでいつもこのナウマンさんらはブルーシートかぶっているのだが、今回はちゃんと出てるw

そして善光寺の前にまずやってきました戸隠神社の奥社。
やってきました

奧に戸隠山
合間から戸隠山
どーん
この「下馬」は宝永二年(1705年)のもの。
宝永二年って、綱吉が将軍で、暴れん坊将軍(違)吉宗が紀伊藩主になった頃だそうな。

戸隠神社は、奥社・中社・宝光社からなっている。平安時代から修験道が行われ、日本有数の霊地として知られていた。
縁起によると学問行者が修験を始めた年代を嘉祥二年(849年)としていて、これが奧院の起源となったという。
その後二百年あまりを経て康平元年(1058年)に宝光院が、寛治元年(1087年)に中院が開かれたという。
明治初めの神仏分離により寺を廃し、奧院・中院・宝光院を奥社・中社・宝光社と名称を改めた。
(昭和54年 長野県史跡「戸隠神社信仰遺跡」の看板から要約)


鳥居をくぐり、気持ちよく山野草が咲く道を行く。
水芭蕉とリュウキンカ
この水芭蕉小さい!ミニミニサイズだー。そして黄色い花はリュウキンカ。
ワスレナグサ?
ワスレナグサっぽいけど…ワスレナグサって山野草として自生してるんだ?
ニリンソウ
ニリンソウ
新緑開花
木の花も咲いてるぞ
ラショウモンカズラ?
多分ラショウモンカズラ

そして表れたのは!
随神門
随神門!…については特に何も書かれてなかったな
狛犬あ 狛犬うん
狛犬さんもしっかりいるのだ
杉並木参道
そして杉並木の参道。
これは慶長十七年(1612年)、幕府から千石の朱印地を拝領した戸隠神社は億社を中心に坊を集めて、参道に杉を植樹し杉並木を作った…そうで。
ここから約500メーター程のクマスギの杉並木は当時のものだ…そうで。
400年を見てきた杉かぁ。
そしてここの周囲の森林を社叢として伐採を禁じたため、原生林として貴重な植生が残っているんだそうだ。

院坊跡
ここらあたりに院坊があったそう。
法華多宝塔
法華経の多宝塔
岩室の野仏
岩室には日を浴びてのどかな石仏さんたち

当時を思いながらてくてくてくてくてく登っていくと
戸隠山山頂
戸隠山の山頂が見え
戸隠奥社
戸隠神社に到着。
ここは天照大神が天岩戸に隠れた時、その岩戸をぶん投げた天手力雄命(あまのたちからおのみこと)を祭神として祀っている。
ちなみに、そのぶん投げた岩が戸隠山になった…らしい。
九頭龍社
奥社の隣にあるのが九頭龍社。
こちらは九頭龍大神が祭神となっている。さきほどの天手力雄命を「ここに来なせや(と言ったかどうかはわからんが)」戸隠に招いた大神なんだそう。
狛犬あ 狛犬うん
ここの狛犬さんは角が生えているぞ。「こまいぬ←‘麒麟’と同じで大陸の架空の動物」タイプかな。

そしてこの狛犬さんたちってば
越後高田だ
越後高田のしょらが奉納したものなのだ!
もう神仏分離令は出されていたのでそれをきっかけとしたのかどうなのかはわからないが、とにかく明治三年に造営したこれを高田のしょらが奉納したとは。
なんか感慨深いですなぁ。
戸隠山と奥社
戸隠山と奥社

では下山。てくてくてく…
飯綱大明神
行きの時、気になっていたが他の参拝客がたむろしていたので寄れなかった社に行ってみたら、飯綱大明神の分社?だった。
おお、飯綱大明神もここにおられるとは。

随神門に到着。
かつての姿
看板によるとかつてはこんな風に奧院と院坊があったらしい。
随神門の中に奉納額があったのだが、これまた稲田のしょが永代御神楽として奉納しているものだった。
昭和十三年・新潟県中頚城郡新道村稲田の稲田講。
頚城エリアは結構戸隠信仰が深かったってことなんだろな…

ここから、来た道を行かず遊歩道を使い鏡池に向かうこととする。てくてくてく。
天命稲荷
天命稲荷さん
鏡池
鏡池に到着。(陥りやすい写真構図になってしまった…)

道を間違えてしまったが再び遊歩道の周遊コース。
カタクリ
カタクリが咲いてるよーー

奧社から今度は中社にやってきました。
駐車場は開いてるところ…と入っていったら、お蕎麦屋さんの駐車場だった(笑)
とはいえ、結構人が並んでて待ち時間かなり出そうだったのでここに車を置いて待ってる間に中社参拝。
宝物殿も入ったぞ。
中社ご神木
ご神木その1(樹齢約700年)
中社
中社
戸隠三本杉
戸隠三本杉(八百丘尼の伝説があるそうで)
こちらもご神木
こちらもご神木
またこちらもご神木
こちらもやっぱりご神木。見上げてみましたw
中社
鳥居つけて中社。
お昼~ 天そば
そしてお店に戻ってお昼いただきます。やっばりそばが違うね~うまい!

宝光社には寄らずに直接善光寺へ。さすがに駐車場はいっぱい人もいっぱいだったがなんとか車を置き行くぜ御開帳!
やってきました善光寺
善光寺と回向柱
どーん
平日とはいえさすがの善光寺。人いるいる。今でこうならピーク時の頃はどんなにだったことだろう。
なんとか回向柱にタッチし、前立本尊との縁をつなぐ。
その後善光寺にお参り。「パフ」と自分たちが呼んでいる御印文頂戴を受けたり、おびんずるさんなでたり。
内陣参拝とお戒壇めぐりはパス。

善光寺から大勧進へ
大勧進も
こちらにも回向柱がありました。
しょうぐうさん
この方は「しょうぐうさん」という天台宗の「一隅を照らす運動」のキャラクターなんである。
東本願寺キャラの鸞恩くんもだが、宗派キャラも確立してるんね。
(じゃあ西本願寺にもいるのかと調べてみたら「おりんちゃん」なるキャラがいるそうだ…)

世尊院の釈迦堂にも行ってみる。
世尊院
こちらにも回向柱。

お次は大本願。自分の分の「にぎにぎ(ひとにぎり地蔵)」ゲット。
大本願
こちらには回向柱はないんですな。その代わりといってはなんですが、このようなお地蔵さまが↓
和顔地蔵
和顔地蔵は東日本大震災での慰霊と復興を祈願して元南三陸町(現登米市)のデザイン会社で立体化。
仏師ではなくフィギュア原型師のもとでFRP製のお地蔵さんを三体製作。
三体のうち二体はお寺(成覺寺)と総本山の子ども教室に奉納し、もう一体は全国のお寺等を巡行して、石巻大川小学校地域の大忍寺に奉納予定なんだそうな。
で、今ここ大本願におられる、と。

善光寺境内を出て、長野の善光寺通り散策。
すげー
なんとも派手なラッピングバスw
フォントがw
入場者一万人突破は置いといて、なんだこの中身と全くそぐわないフォントは。マークの色合いも某カフェみたいだし。

西方寺再び。
西方寺
このお寺はダライ・ラマさんをかなりプッシュしてる。そしてプチ?お戒壇めぐりもできるという。

再び善光寺に戻れば、どうやら入相?夕座?なんていうのかよく分からんがとにかく住職さんが一日のお勤めを終え善光寺に戻られるらしい。ずらーっと参拝客がそれを見るために(朝のお数珠頂戴みたいなのをするのか?)待っている。
んじゃ、せっかくだしじきに来るなら見ようかということになり自分たちもそれに加わる。
お戻りに
やってきましたぞ。この方が善光寺住職であり大勧進の貫主(かんす)さん?
(大本願は上人といいこれまた善光寺住職なのだが、この方は女性だし以前見た写真と↑の方は顔が違う)
警護に囲まれながら本堂にお帰りになられましたぞ。

んじゃそろっとうちらも帰りますかと駐車場へ
真田家の古塔
…の前に、真田家の古塔(真田家藩主の供養塔)を。ちゃんと六文銭の紋が入っている。
実は松代藩(現松代町)は善光寺の回向柱を寄進しているのだ~

長野市内のスーパーで買い物してから(その土地のローカルスーパーってのが、なかなかこっちでは見ないものが多くて面白い)、一路上越へ。
長野側妙高
長野側からの妙高山

次の御開帳は2021年。果たして参拝なるか?このブログもまだ続いているか?
どうなるかは誰にも分からないけど、まあ達者でありたいもんですな。



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しー

好き勝手に、
「今、を楽しめ」。


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