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「ひろしま」上映会と戦争資料展へ

演劇・映画・舞台
11 /07 2015
11/7 「ひろしま」上映会&戦争資料展@妙高市

終戦70年に改めて核兵器廃絶と世界恒久平和の実現の「願」を…いうことなのだろうが、この日妙高市文化ホールで映画「ひろしま」の上映会が午前と午後に開催される。
この「ひろしま」は昭和28年(1953)に製作されたもののその内容から上映許可が下りず幻の映画と言われていたそうだ。
そんな映画が妙高で見られるとは…ということで午前の部を見に行ってきた。

ポスター
なんかの時に文化ホール行ってこのイベント知ったんだよね。

はじまりました。
中学生
えらい人の挨拶のあとは今年平和式典に参加した中学生の報告会。
どの子もエライねー。ちゃんと報告できるんだもんな。(そういう子だからこそ行くのだろうが)

そして上映始まる。

昭和28年、授業中に倒れた女子生徒…から始まるのだが、すでにこの「8年後」でも、8月6日を直接の記憶として持っていない生徒がいることに驚く。
当時8才ほどだと爆心地から離れた同じ県内でも市町村では(被爆者と縁がなければ)、あれほどのこともそんなものなのだろうか。
高校に来なくなった男子生徒。
ベッドの彼女が思い出す8年前の「あの日」。

ここから、特定の主役は消え、それぞれの8月6日にシフトする。
作業に出た男子生徒であり女子生徒でありその父親であり母であり母を亡くした幼子であり、
「それぞれに起こったこと」がそれぞれの目を通じて伝わってくる。

そしてその事実を公にしようとしない軍部。

もちろんそれで終わりではなく、その後の「生き残った人たち」の姿も描かれる。
疎開していたので原爆は避けられたもののやっと所在がわかったものの被爆した父親の姿にショックを受けその場から逃げ出しそのまま行方不明になった妹と独りぼっちになった兄。
その後原爆症で亡くなる人、民間信仰念仏に集う人たち、生きるためになんでもする孤児たち。
被爆したために結婚をためらう娘。
「観光土産」として熱で溶けた生活道具やしゃれこうべが売られていること。(売られているってことは買う人がいるってことだ)

病院の一角に蒔いた種が芽を出すシーンは、70年草木も生えないといわれていたこの地においての希望を表していたけれど。

原爆で亡くなった人々(の魂)がよみがえってひろしまを行進するラストシーンはかつて読んだ「8月がくるたびに」のラストを思い出させた。

「8月がくるたびに」であり「夕凪の街 桜の国」であり「はだしのゲン」など原爆を扱った作品がこの映画とオーバーラップされ(しかしどんなに想像しても想像の域でしかないし、リアル現実の熱さや匂いは想像すらできないのだが)、でもそれでも戦争と核兵器は今でもなくならず、争いに巻き込まれる「その時まで日常の暮らしをしていた」人々がいる、そのことを思うとなんだか暗澹としてしまった。

付け加えれば、この映画は昭和28年というが、映画の中では風化もされてはいたけれど、広島市内ではまだあちこちに原爆の爪跡が
遺っていたであろう頃、この映画では市民約8万8500人がエキストラとして参加しているのだ。
原爆症になっていたり、この後発症したり、なんらかの病気になったりで亡くなった方もおられるのだろう。
しかしまず一番に「戦争なんて、原爆なんてない、平和」というものへの願いが強く真っ直ぐにあったはずだ。
(主義主張なんて関係なくね)

戦後70年、妙高市の関係者のみなさんには、いい映画を見せていただき感謝です。
なかなか見る機会もないだろうけれど、60年前の作品なので音や画像の乱れも見られるけど、いろいろ考えさせられる映画でした。
当時資料

スチル
当時の記事や映画スチルなど


その後新井のふれあいホールで開催の「戦争資料展」へ。
新井文化ホールというのは、図書館あったり入り口があちこちにあって時々場所が分からなくなってしまうのだが、このふれあいホールの場所もやはり分からず、うろうろしたがやはり分からずで結局スタッフの方に教えてもらってようやくわかったという。
あー、隣接はしてるけど別の建物なのか(^^;)←意外と同じだったりして(やっぱりよくわかってない)
資料展1
こっちか。
資料展2
おじゃましまーす。
資料展3
うわー。台湾出兵だ。「セデック・バレ」の世界だ。
明治になって初の対外国相手の戦は日清戦争ではなく台湾だったそうだからな。
資料展4
台湾出兵から日清戦争
資料展5

資料展6
日清戦争から日露戦争へ
資料展7
中国との関係がどんどん悪化していき
資料展8

資料展9
それだけではなく第2次世界大戦のドつぼに入り込み、特攻などという戦法まで使うことになるという。

資料展10
今でこそ「ラッパのマークの正露丸(パッパカパッパパッパカパッパパラパラパー♪)」だが当時は「露(ロシア)を征する」という意味の「征露丸」だったんね。
資料展11
厭戦気分を払拭させ高揚させるために覚醒剤認められてたとか。
資料展12
島を去ることになった兵士が島に残す戦友のために海亀の甲羅に別れの言葉を残したもの

この戦争資料展は、維新以降第2次世界大戦までの戦争に関するものを集めて展示したものなんである。
既にコレクターの域なのだ。
子供のおもちゃ・土人形から始まって軍服や出征旗に軍旗、記念杯に砲弾、勲章、伝単、軍事はがきなどなど、民間から軍用品と幅広くこの戦争の時代の資料を集めてあるのである。
戦争そのものの是非というよりこの方よくここまで集めたよなーと思うことしきりだったりする。
そして、この資料は良くも悪くも戦争というものが、いかに人々の暮らしにも入り込んでいるかということを言葉はないが静かにそして客観的に伝えている。

文化ホールの桜の葉もすっかり色づいたぞ。
紅葉
色づいた葉を見ながら、今、こうやって色のある世界で、自由に行動できるという幸せを改めてありがたいと思った。

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しー

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