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妙高・関川へ

10/27 妙高・関川周辺散策

先月の23日に関川の関所まつりに行った時、関川集落の歴史マップをゲットし加賀藩本陣跡の庭園に立ち寄ったとき、紅葉の見頃は10月20日頃と教えてもらったので、見に行きたいなーと思いながら日々は過ぎ、妙高山にも雪が降り…どんなかは分からないけど、天気もいいし行ける時に行かねば行けずで終わってしまう!と思い立ちイキオイで行ってきまーすw

今日の妙高・火打
今日の妙高と火打
今日の妙高
今日の妙高
今日の火打
今日の火打
かぼちゃ品評会?
産直の「とまと」ではかぼちゃがいっぱい。
ハロウィンかぼちゃなんだとは思うが、これじゃかぼちゃ品評会のような(笑)
ここにも妖精
ここにも妖精さん発見!

関川へ。まずは一茶の句碑がある浄善寺へ
見真大師
見真大師旅泊之跡ってありますな。
ちなみに見真大師ってのは、、明治9年に明治天皇が親鸞に対して付けた諡(おくりな)なんだそうだ。
(おくりなというのは贈り名でもあり、(貴)人の死後、生前のよい性質や行いに基づいて贈られる名前←神道)
明治天皇がこちらに来たとき、親鸞が泊まったというこの寺で諡つけていったってことかな。
善浄寺
浄善寺。
句碑
一茶の句碑。
ここの当時の住職と一茶が俳句仲間で、句を書いてもらったそうなんだが、その原紙はお寺のお宝になっているんだそうで。
他にも筆塚や仏像などもあったぞ。

ちょっと歩いて県境まで。
関川
越後と信濃の境、関川
ちょっと長野県へ
長野県に入ってみました(笑)
紅葉はじめ
紅葉も始まってきたぞ。

加賀藩関川宿本陣跡であり明治天皇行在所跡である大石家池泉庭園へ。
先日行った時は池の水なかったんだよなー。
茶屋跡からの景色
庭園にはかつて茶屋もあったそうで、そこから見えたであろう風景
池
池に青空が映り込む。でも、でも、紅葉はじまったばかりやん~
11月入ってからでもよかったなw

つづいて、高田藩本陣跡。
ここももう当時の建物はないけれども
大銀杏
この大銀杏は当時のもの
ギンナン落ちてる
ギンナンもいっぱい落ちてる。
当時の石?
苔むしたこの石も当時のかな?
門

こちらも
この塀は当時からのものだそう。

続いて堀口大学先生の碑へ。
この碑は妙高南小学校の校内にあるのだ。
堀口大学先生の碑
堀口大学はこの地に疎開されていたそうだし、疎開前この地の娘さんを娶ってもいるそうで関川には縁があるのだ。
それが縁で小学校校歌の作詞もしている。
妙高南小学校
妙高南小学校と妙高山。展望すごいな。

続いて、親鸞聖人袈裟掛けの松があったという神社へ。
鳥居
下町天神社というそうな。
狛犬さん 狛犬さん
狛犬さんたち
天神社
天神社。関川集落が形成された頃からの守り神らしい。
他にも石の祠が2基。どんな神様がいなさるかはちょっと分からないがどちらも歴史重ねてきてるなぁと。
大杉
昭和16年に国の天然記念物になったという大杉。
目通り幹囲 8.2m
樹高 28.78m
推定樹齢 1000年+α(看板は妙高高原町時代に作られているから単純計算で10年以上)

そして、親鸞の袈裟掛け松はというと
代替わり松
代替わりしておりました。これは3代目。

そして先代の松は
先代の松
松は長寿というけれどさすがに親鸞の頃…800年前の話だから…松も老木になって昭和13年に切られ、右の親鸞像になったそう。
かつての松
左は初代の松。大正時代に撮られたものだそう。

最後は前から気になっていたスキー神社へ
スキー神社
ここがスキー神社。
スキー場開きの安全祈願祭の時はここで子どもたちがスキーをするシーンが出るが、こんな風にスロープになっているんだね。
社
社殿はこのように。
ここは、スキー登山による我が国最初のスキー犠牲者(大正3年)が、祭神としてまつられているのだ。
1932年に現在の妙高中学グランドに建立され、その後1940年にこの場所に移設され、この社殿は昭和56年に建てられたそう。
社殿
社殿の奥にもともとの祠が。
積雪考えて背が高いな…
碑も一緒に
左には碑が。神社の謂れが書かれてるのかな?よく読めなかった…
社殿と祠と碑はこんな風に並んでます。

かつての北国街道、加賀藩や高田藩、関所があって街道沿いの関川宿と上原宿、人の往来もにぎやかだったことだろう。
土地に歴史あり。
今は静かな県境の集落だけど、そんな集落にも物言わずな当時の記憶がところどころに。




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