明治・大正のスゴロク展へ - アート/クリエイター/コレクターイベント
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明治・大正のスゴロク展へ

2020/01/26 明治・大正のスゴロク展in 本町ふれあい館

ミッション終了後、本町ふれあい館へ。
ここでは今「明治・大正のスゴロク展」が開催中なのだ。
その頃のスゴロクってどんなだったのかなーと。
開催中
おじゃましまーす
うっわー
うわーあるある(≧∇≦)

明治の双六
「御弌新功名双六」
展示の中では一番古い双六。明治前期のもので明治維新が題材。
色がいかにも明治…ってーか錦絵な色だなって。
御一新、ではなく御弌新、なんだな。(弌は一の古字)

わー
「日本軍隊出陣雙六」
明治27年。日清戦争の年なんだよね。

わー
「明治少年雙六」
明治31年。明治少年の学校生活は今より充実しているかもしれないな。
ただ学校行けるということは恵まれた家庭でもあったんだろうけど。
(少年というのは男児だけを指すものでもないようだな。概して男児だけっぽいけど)

わー
「家族旅行 日本名所雙六」
明治41年。これは婦人世界の新年号付録なんだそうで。
作画は川端龍子。龍子20代、まだ駆け出しの頃なのかな。

わー
日光・塩原・仙台と、当時のご婦人もご家族で日本中を旅行するの憧れであったのだろうな~

わー
「南極探検飛行機雙六」
明治44年。日本少年新年付録
白瀬矗が南極を目指したのが明治44年、45年に局地には到達できなかったものの南極大陸で日本の領土「大和雪原」を宣言したそうだけども、それを受けてのこの南極雙六。
わー
今では使えない言葉も使われているけれど、当時の少年たちもこれ見て南極の地を、世界の広さを感じたんだろうな~

わー
「五十三繼歌舞伎寿語六」
明治45年。双六を寿語六と充てるあたり粋ですな。
東海道53次は日本橋から始まって京都の三条大橋までなのだそうだが、それは53には含まれないので実際は53+2(始点終点)で55なんだってさー

わー
「花咲き双六」
明治45年、少女の友。こちらも絵は川端龍子だ。
これはちょっと構成が違っていて、スタート位置が4方それぞれにある代物。縦横どの位置からでもスタートできるという。
向かい合って、横に、座った人でもそれぞれ駒を動かせるという。
そしてインド?の双六をベースにしてるそうで、ねずみのイラストのマスで止まるとそのしっぽの先まで戻され、はしごに止まるとはしご上って進めるという。各マスごとのお遊びは少ないけど考えたねぇ。

さてさて、スゴロク展・表題にもありました「実業之日本社の特別展-初代社長増田義一(板倉区出身)」。
板倉区出身の増田義一は子供のころから神童と言われたであろう頭の良さで早稲田に入り読売新聞に入社するもののいろいろありまして出版社「実業之日本社」の初代社長に就任した方なのだ。
↑の双六にも増田義一の名前がちらほらしてるぞ。
この実業之日本社、『婦人世界』『日本少年』『少女の友』など多種の雑誌を刊行し、現在も多種の書籍を刊行しているのだ。

で、その増田さんだが1912年(明治45年)、衆議院議員に当選するのだが、
この方です
その立候補時の新聞応援。明治45年、高田新聞。
新聞で一面取って応援ってすごいねぇ。

一枚一枚うわー!すごーい!とじーーっくり眺めていたらば、このコレクション出品者の方が来られていろいろと解説してくれた。
いやっほーい。
自分だけだとただ見るだけで終わっちゃうけど、解説があるとその一つ一つが更なる意味持っていることを知ることができるからね。
ありがたやありがたや。ラッキーだぜ自分!

大正の部
わー
「時代美人風俗雙六」
大正2年、博文館(実業之日本社のライバルだとか)
木之花咲耶姫がふりだしで(小野)小町や葛の葉はわかるとしてもあとのはよくわからないな。
おそのって誰だろう。当時のそれぞれの芸能ごとの美人さんかな?
上りは玉藻前と。玉藻ってお狐さんじゃない?
わー
「花づくし雙六」
大正3年、婦人世界 佐々木林風画
すいせん→うめ→たんぽぽ→もくれん→つばき→やなぎ→さくら→やまぶき→つつじ→ちぅりっぷ→あやめ→ふぢ→ひなげし→ばら→なでしこ→ゆり→あぢさゐ→つきみそう→あさがほ→だありや→はぎ→わぅしょくき→ふよう→こすもす→さざんくわ→のぎく→もみぢ→なんてん→上がり
わうしょくき、絵を見ると芙蓉っぽいけどなんだろうと後日調べてみたら、「黄蜀葵」と書きトロロアオイ(ハナオクラ)のことだった。
当時も今も代表的な花ってのはあまり変わってないもんだねぇ。
わー
「幼年歴史巳年双六」
大正6年、幼年世界の付録
どうやら巳年に起きた歴史事項の双六らしい。
ふりだしが神功天皇、元寇や松の廊下の刃傷沙汰など巳年の出来事(へーこれら巳年なんだ)が並び、あがりは大正6年、第一次世界大戦での連合国側に物資を送りましょうと。
わー
「婦人生い立ち双六」
大正7年、婦人世界
これはふりだしが幼児でその後のサイコロの目で右か左かで人生が変わるというか、質素だけど謙虚に親切に生きて結婚というハッピーエンドor裕福で溺愛されてわがままになって高慢になり最後は落第というバッドエンドルートに分かれている。質素コースでも「貧しすぎてひがみへ」などとバッドコースへの落とし穴もあったりするんだが。

わー
「運動会スゴロク」
大正8年、コドモポンチ(ヨウネン社) 。
他の子供向けのものとは違い、風刺画というか滑稽画というか、一線を画しておりますなぁ。
大正の時代は子供向けとはいいつつも文化の幅が広かったのかな。

わー
「細君天下双六」
大正12年。
これは、世の女性は喝采したかもしれない完全に妻>夫の双六。
妻に土下座する夫(「亭主の降参」)とかここまでやられて男性側は平気だったのであろうかと。
大正の世は男女とも結構寛容だったのだろうかね?

わー
「花の國双六」
大正12年、幼年の友
スミレ→サクラ→ヒヤシンス→レンゲサウ→タンポポ→フヂ→アネモネ→チュゥリップ→カキツバタ→アマリリス→ツバキ→クンショウバナ→ケシ→クチナシ→グロキニシア→サギソウ→ユリ→ツリガネソウ→アサガホ→トケイソウ→ス井レン→ヒマハリ→ヒガンバナ→キク
グロキニシアがあることにびっくり。
クンショウバナ(勲章花)ってなんだ?と思って調べたら、ヤエムグラの別名でいいの?
イラストから見るとキク科の花っぽいけど…

わー
「英雄豪傑運動競技双六」
大正13年 少年世界 吉川保正画
いやーこれ、なんか発想がめっちゃウケた。
マラソンが韋駄天次郎、槍投げが加藤清正、源義経が幅跳び、山本勘助がホップステップジャンプ(三段跳びか)、堀部安兵衛がリレー・レース、メダルを持つ三英傑。兜着用での競技ウェアとかなんともたまらん(笑)

わー
「少年未来双六」
大正16年 日本少年 林唯一画
これは制作&印刷時と発行時期的にやむなしの幻の大正16年。
発売したころに崩御となったんだろうし、出版界も「うわー」って感じだったんだろうな多分。
で、これは当時から100年後の未来を想像した双六。
発想力がすごいね。
上りの100年後は金星に散歩できるようになる、んだそうだけど、残念ながらまだかなえられそうにありません。
わー
この動物語の研究はいいよな。
でもここの未来、ドラえもんもびっくりってか、ドラえもんのポケットの中の道具と近いものもあるよな~

明治・大正の世相や暮らしぶりとかとか学校での授業の内容とか子供の遊びとかを通じて、遊びながら学べる歴史や教育・知識をうかがい知れる内容の双六。
でも、こういう付録が付いてくる雑誌を買える家庭というのはかなり裕福な家だろうから、坊ちゃん嬢ちゃんの恵まれた子供たちだったのであろうね。

いやー長居してしまった(^^ゞでも面白かったー
増田義一氏の仕事もうかがえたし、スゴロク通じていろいろ話聞けて実に面白かったー
これだけコレクションする(できる)のもすごいよね。
どうもありがとうございましたっ。

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