寺町1の諏訪神社 - 神仏さん
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寺町1の諏訪神社

2020/02/14 その2 寺町1の諏訪神社へ

本町からの帰り道、前から気になっていた神社に寄り道。
ここらはかつて京田といわれていた地域。
近くに東大寺領の庄所があったこともあり、京の都用の田んぼとかなんかそういうつながりもあるのかもしれないなぁ。

はい京田のカミさまこんにちはーと。

あ、なんてーかな、土地ガミさんはもともとその地域の護りガミさんでもあるしイメージ的に人好きな感じすんだよね。
「ちはやふる」の詩暢ちゃんが見るかるたの札の小さい神様(ではなく歌人だけど)みたいな。
昔は神社境内けっこう子供の遊び場だったけど今はそういうこともあまりないし、お寺みたいに住職いるしお墓参りで誰かしら来るようなこともない。人好きなのにカミさまもぽつんと一軒家状態でさみしいと思ってるんじゃなかろうか。
そんななんで「こんにちはー元気してますか?」的なご挨拶に伺ってると思ってくだされ。

石柱
おじゃましまーす。こちらは大正12年、奥のは…出たぞ紀元2600年~
奉納年月が違うのはなぜ。

鳥居が並ぶ
鳥居が2基。一の鳥居は神明鳥居で
黄色はなーに?
二の鳥居は明神鳥居・・・らしい。 台輪ついてると稲荷鳥居ともいうらしいんだけど…
で、この黄色くなってるのはなんだろう?
石灯篭
この石燈篭は江戸時代(文久辛酉年:1861年)に奉納されたもの。
それがなぜか地元ではなく信州柏原宿からなんだよね。なんで長野からこんなローカルなお諏訪さんに。
周りの囲いは冬囲いではなく倒壊防止の保護囲いみたいだ。

石祠
石祠。京田のお諏訪さんにこんにちは。
周りの玉垣はこれまた紀元2600年。うむむー。

東京市から
そうそう、先程の鳥居はなんだけど、昭和17年に東京市淀橋區(区)の方から奉納されていた。
当時はまだ東京都ではなく東京市だったんだなー。
そしてこの淀橋区ってのは昭和7年から22年までの間だけ存在した区で、現在の新宿区西部だそうだ。
ここの出身で東京に旅に出た人(故郷を出て別の地に住むことをここらでは「旅に出る」と言います)が故郷のために奉納したのか、石燈籠も信州柏原宿からだし、実はこの神社は何気に霊験あらたかなのか??

北国街道沿いなら柏原宿からでもわからなくもないけど、ここいらは「街道」からは外れてる場所だしねぇ。
どういう縁があったのやら。。。

こういう人々の歴史を想像するとたまらんねー。。。
おっと、雪月花ミッションに行くために帰らねば。
またおじゃましますねー☆





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