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映画「~放射能を浴びた~X年後」を見る

演劇・映画・舞台
03 /18 2014
3/18 「~放射能を浴びた~X年後」@高田世界館

高田世界館では外壁改修工事の完了を記念し、2月~3月にかけて名作やドキュメンタリーなど映画6本を上映するという。
世界館へようこそ!
雨なので外観撮れず・・・

震災に合わせた「ガレキとラジオ」は製作サイドの過剰な演出(人はそれを「やらせ」と呼ぶ)が発覚したため残念ながら上映中止になってしまった。
残念…
見に行くつもりだったのに残念だなぁ。でも、映画内のやらせシーンじゃなくても、ラジオに力づけられ支えられた人たちはいっぱいいたはずだよ。

で、次の上演作は3/16~21まで「~放射能を浴びた~ X年後」。
銀幕
平日だからかもだけど観客がほとんどいないのが残念。
前日の夜の部は観客ゼロだったため上映中止になったそうだ。

これは南海放送が製作したドキュメンタリー映画。
1954年、アメリカはビキニ水爆実験を数度に渡り行った。
第五福龍丸の被曝が有名だけれど、あの当時、第五福龍丸以外もあの海域でマグロ漁をしていたのだ。
被曝したのは第五福龍丸だけではなかったのだ。

水爆実験のことなど何も知らず、海水を利用し、降る死の灰の下でマグロ漁をし日本に戻ってきた彼ら。
検査を受けマグロは廃棄されたが、その後アメリカと日本は公文書を取り交わし、200万ドルの慰謝料を支払う代わりに「完全な解決←この件について日本は口をつぐむ」を要求。日本はこの件については完全に目をつぶり終わったこととされた。

第五福龍丸以外の漁船に乗り、被曝した船員たちは慰謝料も受け取れず、存在すらもないものにされてしまった。
(慰謝料はマグロの廃棄や魚値下落の損害、第五福龍丸船員の治療費など)

そして何も知らされないまま、漁に出た人たちの1/3は働き盛りの頃にがん等で既に亡くなっている。
生き残った人も「完全解決」したことから被爆者手帳も受けることができない。

そして、水爆実験による放射性物質は日本全土に降下していたこと、被曝マグロも流通していたことなどが当時のアメリカの機密文書に記録されていることも判明。
水爆実験の一年前から122のモニタリングポストを設置し(日本は5ヶ所)、放射性物質の広がりを測定しようとしていたらしい。

放送局の記者が被災乗組員の「その後」をたずねに行くが、既に亡くなっているだけではなく、被曝については何も語らず口をつぐんだままだったこともあり、そのことについてはほとんど分からない家族、なぜ今(50年後)なんだと怒号を飛ばす家族など、時代に忘れられ置いていかれたまま命を落とした人たちをカメラは淡々と映し出していく。

「水爆被曝のことを言ったら、被曝(マグロ)のことをいったら、日本の漁業は、日本は、壊滅的打撃を受ける。
あの当時は、絶対に言ってはならないことだったんでしょう。そういう時代だったのでしょう」と遺された家族の言葉が重い。

ドキュメンタリー記録の映画なので、そこには作り手の感情は含まれない。
ただ、生き残った乗組員、家族、そして高知県で調査を続ける元高校教師の姿、言葉を淡々と映し出していく。
どう受け取るかは、見た人次第。
観客にすべて委ねられている。

参考までに→水爆実験の下、まわりの島にも住人はいたわけで。

第五福龍丸が被曝したのは知っていたけれど、まさかそれ以外にもマグロ漁船がいて被曝していたことは知らなかった。
ショックだった。
そして、日本にも放射性物質が届いていたこと(ビキニ環礁での水爆実験でも日本に放射性物質が降下するのだから、広島や長崎に落とされた原爆からの放射性物質は日本全土、近隣国にも降下したことだろう)、それについては全く触れられぬまま封印されていたなんて。
原水爆などの核実験、世界各地の原発事故、地球はもう多かれ少なかれ放射性物質に汚されてしまったのだろう。
そして、それを生み出したのは自分たち人間。


X年後、人類は、生物は、この世界は果たしてどうなっているのかな・・・・・・。
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しー

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